魅力的なモデルほど、危険な腕時計ということ

魅力的なモデルほど、危険な腕時計ということ

出演

野村店長×藤井克彦(販売スタッフ)

 

 

ファイアーキッズYouTube4回。今回は「買ってはいけない危険なブランド」と題して、時計沼にハマりやすい“危険”な腕時計を、野村店長の経験から話してもらった。

 

沼にハマってしまう魔力

 

今回は「買ってはいけない時計ブランド」という、誰もが気になるお題で話が進む。そうなるとダメなブランド?ということになるのだが、聞き手の藤井さんによると「一度手にしてしまえば、どんどん沼にハマってしまう魔力を持ったブランドを教えて欲しい」とのこと。つまり「沼にハマってしまうほど魅力的」なブランドということになる。

 そして、野村店長が「実体験に基づいて」ということで、1本目にあげたのがチュードル(チューダー)だった。

「もう許せないよね」

 野村店長は、開口一番こう発した。相当な想い出があったのだろうか。

「前回の動画で話した通り、僕はロレックス嫌いなんですよ。ロレックスが嫌いなんですけど、そのロレックス嫌いを克服してしまった時計ですね」

 どういう経緯なのだろうか?

「ロレックスは嫌いなんだけど、とりあえずチュードルのデカバラ格好いいじゃん、と。可愛いよね。なんといっても女受けがいい!」


1956年製のチューダー『オイスター』

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 時計だけではなく、チュードルの薔薇マークを女性が喜ぶというのだ。そういう時計は他を見渡してもないのだが、これを「アンティークには珍しいモテ時計ですね」とまで断言するのだ。

「ロレックスってやはり良いんだ、というのが実感できちゃうんですよ」

 チュードルは、もちろんケースもブレスレットもリューズもロレックス製。王冠マークも入っている。そこに薔薇マークもついている。

「絶対女の子に受けると思って買ったわけなんですけど、別にモテるわけじゃないよね」

 良かったのは、チュードルを購入したことで「ロレックスに抵抗がなくなってしまった」ことだという。もともとロレックスの価格が高すぎるので、ちょっと抑えたブランドを、ということで立ち上がったのがチュードル。野村店長は「まさにその戦略にハマった」というわけだ。

 

初めてもアンティーク

 

 野村店長のファーストチュードルもアンティークだった。

「僕が買ったのが1990年あたり。60年代の時計だったので、今の感覚でいくと二十数年前の時計って感じ」

 当時はそれほど古い時計でもなかった。

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「もう自分が生まれるよりも前だから相当ヴィンテージのイメージがあったんですけど、まだ30年経ってないくらいだったんですね」

 そう、いまでいうと1990年代の時計のような感覚である。ただ、購入したのは18歳だったというから、かなり早い。ロレックス『GMT マスター』購入前の話だ。

「まだこの辺よりロレックスの方が高いわけじゃないですか。多分、買ったのが高校生の時だったので、背伸びしましたよね」

 とはいえ、90年当時はバブルの末期。ピークともいえる時代だった。

「高校生がヴィトンのセカンドバッグを持って、高校に通うような時代だったわけですよ。だから普通にロレックスをしている高校生とかいたんだから」

 そう、18歳でチュードルを買っても全然変ではない時代だったのだ。

「ロレックスをしている高校生を見て羨ましいっていうよりは、“ロレックス嫌いだから”っていうようなタイプだったので。それがチュードルをつけることによって抵抗感がなくなり、ロレックスを買ってしまうという」

 結局、その後ロレックスを購入。ロレックス、チューダーの創業者、ハンス・ウィルスドルフの思惑にまんまとハマっちゃったわけである。だから「買っちゃダメ」ということのようだ。

 

カッコいいブラック文字盤

 

 そして、2本目にあげた時計もチュードル。デカ薔薇。黒文字盤のモデルだった。

 

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「ブラックはオリジナルの文字盤が存在しないんじゃないかと思うんですけど、結構キレイにリダンしてあるブラックで、これがカッコいいわけですよ」

 それに藤井さんも「デカ薔薇はカッコいいですね」と共感。そして、ここでも「モテそうな感じがあります」と。ゆえに「買っちゃダメ」ということなのだ。

 3本目はスイス時計ではなく、セイコーの『キングセイコー』。

「男には収集癖っていう病気があるんですね。とりあえず1本と思って買うのがハマっていくんですよ。僕の知ってる人の中に千本単位で持っている人とかいるんですけど。ハマるわけですよ。特にこの『キングセイコー』がなぜダメかというと、『キングセイコー』を買うと『グランドセイコー』も欲しくなるんですよ。これね、チュードルと一緒。正直、僕は亀戸好き※、『キングセイコー』大好きなんですけど、どうせだったらやはり『グランドセイコー』も持ってみるか、ってなっちゃうわけよ。この時計は本当に個人的に大好き。買っちゃいけないというより、1本だったらこれ良いなっていう時計なんですけどね。いま見ても惚れ惚れする」

 いわゆるベタ褒めなのである。このモデルは『44キング』後期型。

「初期の『キングセイコー』は金張りが多くて非防水みたいなケース。一応パッキンが入っているんですけどね。結構しっかりしたステンレスのガッチリしたスクリューバック。メダリオンも剥がれにくいし、もう実用時計としては最高」

 まさにセイコーが目指す時計そのものである。この時代にすでに完成の域に近づいていたということか。


1963年製セイコー『キングセイコー』

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キングセイコーのコスパ

 

「時間見やすいでしょ。リューズも巻きやすいし、感触もなかなかだし。結局この機械ベースで『グランドセイコー』もあるんで、『44グランド(GS)』っていうのがね」

44グランド』は現行『グランドセイコー』デザインのベースとなっている名機。アンティーク市場でもレアなモデルとなっている。

「ベースキャリバーは一緒ですよ。そう考えると10万円ちょっとぐらいで買えて、これだけ作りがよくて。それはハマりますわ」

 と、『キングセイコー』のコスパを絶賛する。

「でも(問題は)『グランドセイコー』も欲しくなっちゃうっていうところだよね」

 チュードル、ロレックスに同じ匂いを感じた藤井さんは「これきっかけでグランドを?」と野村店長に聞くと、即答。

「買いましたとも」


1963年製『グランドセイコー』ファースト

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 エピソードはあるのか?

「本当は『44グランド(GS)』が欲しかったんですけど、なかなか良いのが出てこないので、自動巻きの方に流れたと。10振動の『ロードマーベル』とかもちょっと面白いんじゃないかな」

『グランドセイコー』の前ですね、と藤井さん。

「『ロードマーベル』を買うと、やはり『キングセイコー』の方が良かったなと思って、『キングセイコー』のファースト・ステンレスとかね。そうやって、なんかこれ買うと次はこれかな、みたいな、なんとなく勝手に出てくるじゃない」

 

安い価格が国産の魅力

 

 これが沼というやつだ。「セイコー沼に入ってしまうと、セイコーの中でグルグル回ってしまう感じですかね?」と藤井さん。すると嬉しそうに、野村さんが話す。

「またね、手頃な値段なわけよ」

 スイス時計に比べ安い価格帯も魅力のようだ。「それが発作が起きる」原因でもあるようだ。そして、こう述べる。

「その収集癖を治す薬があったらノーベル賞だね」

 ただ、その癖があったおかげで今があるとも言う。

「冷静になって考えると、この間、銀座松屋で時計のイベントがあって行ってきたんですけど、(先輩に)“昔、俺に買わされたのが良かったでしょ?”、“まだ持ってますよ”っていう会話があって。それでひと財産ですよね」

 つまり、良い時計は「いまのうちに買っておけ」ということだ。

 

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「こんな良い時計、10年後いくらって(高値を)言われても全然おかしくないもんね」

 すると藤井さんから「ちなみに、これだと今おいくらなんですか?」と質問が。

128000円とかね。そのくらいでこれだけ良い時計が買えるんです」

 その金額に「全然気軽に買えてしまいますね」と藤井さん。

「気軽に?安くはないんだけどね。これを安いと思うと病気だよ。10万円台が安いっていうとおかしいから」

 どうも藤井さんのように時計と常に接していると、感覚が麻痺してくるようだ。

「ただ昔、本当に僕から数十本買ったお客さんが、億ションいけるんじゃないの?みたいな人もいて」

 それだけアンティークウォッチが高騰している、と言うことだろう。ただ、それは良い時計だったから、でもある。野村店長は言う。

「僕が買え、と言ったら買ってください。きっと正解だから。20年後とかに大喜びな訳ですよ」

 

沼というよりお金の風呂

 

 沼にハマっても、いつでも現金化できちゃうのがアンティークウォッチ。

「“沼にハマっていると思ったら、お金の風呂だった”みたいな、それくらいの感じじゃない」

 蓋し名言!実際に野村店長の経験からの言葉なので、説得力がある。

2030年前に買った時計で、買った時より安いものってほとんどないもんね」

 となると本当に沼なのか?ここまで話し、ハマったと言われる時計を検証してみると、良いことしか話していないのに気付く。

「すごく良いメーカーだね、チューダー。でも沼の原因はこれかなと思いますね。身動き取れないぐらい(時計が)積み上がっていますけど、よく考えれば金山だったりするのかな?」

 結論としては、ディフュージョンライン的な立ち位置の時計は怖い、ということか。チュードルしかり『キングセイコー』しかり、少し安い時計にはハマりやすいのである。

「メーカーの戦略そのものだもんね。やり口が汚いね、許せない(笑)」

 と言いながら、何度も「でも、やはり良い時計」であると話す。そして“キレイな薔薇にはトゲがある”(中毒性⁇)ということで、チューダーの話はまとまった。

 一方『キングセイコー』には「トゲがない」という。つまり「抵抗感がない」から良いということである。

「本当に良い時計。だからこそ危険。全然危ない感じがしないけど、沼への入り口」

 シンプルなデザインなので、藤井さんも「ハマっちゃいそうだな、みたいな感じはぱっと見た感じではないですもんね」という印象のようだ。

「でもこれが針とかじっくりと見ていると良いんだよね。やはり職人が手作業で検査機を整えたのかな、みたいな、そういう作りです」

 と玄人ならではの仕事を見抜いていた。つまり、こういうことだ。

「危なげない感じが危ない」

 これを2人は“国産沼”と呼ぶ。やはり魅力的な時計は危険なのである。

 

 

5060年代は、主に『グランドセイコー』を諏訪精工舎(現セイコーエプソン)が、『キングセイコー』は亀戸の第二精工舎(現セイコーインスツル)で製作されていた。

 

 

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