ファイアーキッズは今年3月にリニューアルオープンしました。その新生ファイアーキッズの店長に就任したのが野村一成。そして、それ以前、1995年からの店長であり、現在は顧問を務める鈴木雄士。2人とも10代の頃からアンティークウォッチとふれ合い、その歴はおよそ40年にも及びます。多くの時計を見てきたマイスターともいえる2人の対談を、今後、定期的に行おうと考えています。まず1回目は、60年代の時計について語り合ってもらいました。
60年~70年にかけて、実用性は上がっていく
鈴木:1960年代から70年代にかけて、ケースはスナップ式からスクリュー式に替わっていき、例えばグランドセイコーのファーストとセカンドモデルでは大きくデザインも防水性も変わり、より実用性が上がっていく感じでした。
野村:国産のモデルだと結構素材の部分は、やっぱり50年代と60年代でだいぶ変わりますからね。50年代半ばぐらいまでの機械式時計は、オーバーホールしても調子が良くならないとか、素材がイマイチだったりするものもありますけど。しかし、50年代後半以降の国産の時計はかなり良くなっています。それは素材の部分なんでしょうね。スイスの時計は30年代、40年代の時計でも、ちゃんとメンテナンスしてあげれば、素材がいいから生き返るんです。国産時計の30年代40年代のものは、メンテナンスしても良くならないです。
鈴木:そうですね。石数だけの差じゃなくて、部品が柔らかいというか。それだけ歪むんでしょうね。
野村:そういう部分で、やっぱりスイス時計がこれだけ発達したっていうのは、素材の良さは絶対的にありますね。製鉄の技術の差なのかもしれません。
鈴木:日本はモノマネから始まっている部分がありますから、まだ追いつかなかったんでしょうね。
野村:職人さんの技術もすごいですよね。40~50年代の手の入りようといったら凄いですからね。ただ、やっぱり素材ですね。
鈴木:だから実用性で考えると、古い国産というのは趣味で集めるのはいいですけど、使うとなると、なかなか難しいものがありますね。
オーバーホールしても使えないものもある
野村:40年代のこの文字盤すごい手が入っていていいな、というものが、やっぱりオーバーホールしても使えないという。オーバーホールして一時期は調子が良くなるんですけど、1年経つともうダメみたいな感じなのです。油が潤沢にある時じゃないと動いてくれないみたいなのが結構あるんです。
鈴木:日本の部品の、そういう素材の低さというのもありますが、環境もあるのかもしれないですね。
野村:それもありますよね。やっぱり高温多湿ですし。
鈴木:それであまり防水性能とかパッキンとかも、優れてない状態で使われて。それからメンテナンスもしっかりしているのかどうか、というところもあります。
野村:やっぱり環境は大事ですね。海外のディーラーでも、やはりアメリカ人ディーラーから買ったものと、インド人ディーラーから買ったものは違うんですよ。インドとか東南アジア系のディーラーから買ったものは、やっぱりコンディションが悪いんです。そういう部分でも環境は大事なのがわかりますね。高温多湿だと、サビとかが出やすくなりますし。
鈴木:よくクルマでもカリフォルニアから持ってきたものとか、海の近くのものはサビが出ている、というのがありますから、似通っているところはありますね。
野村:スイスとかドイツは、もう気候がカラッとしてるから全然いいと思いますね。だから、どこの国のディラーなのかを見極めることも必要なります。
鈴木:使われ方とかも、もちろんありますけど、どこの国のものだったのかというは大きいです。同じビンテージで考えた時に、やっぱりスイス製の方に軍配が上がる部分ってありますよ。作りとか、素材とかっていう部分で。60年代についてですが。
日本の気候に順応する
野村:でも、国産も進化していきますからね。やはり日本でつくられたものは、日本の気候に順応している部分もありますから。だから、60年代半ば以降の時計は、防水性能もすごく良くなってるし素材も良くなっているので、機械のコンディションが悪いものは一気に減ってきます。60年代のセイコーは、精度が出やすいですしね。
鈴木:技術者によってはピーキーっていう人もいますけど。ちょっと緩急針を動かすと、すごく進んだり遅れたりするので、調整が難しいところはあります。ただ性能は上がりました。スイスの天文台クロノメーターコンクールなどでいい結果を出したりしていましたし。
野村:ケースもよくなっていますし。セイコーはやや硬めなんですけど、やはり日本の気候っていうのがあるのでしょう。それに適応させるためのケースですね。僕は個人ディーラーをやっている時に、廃業する時計屋さんからセイコーだけで50本くらい買ってきたんですけど、ほとんど動くんですよ。デットストックの状態で。一緒にスイス時計も10本くらい買ったんですけど、1本も動かない。一日、手巻きで巻いて置いておくと、スイス製はみんな止まっているのですが、セイコーのものは8割方動いてました。完全に油切れなので、本当は動かしちゃいけないんですけど、一応、どんなものかと置いてみたんです。東京オリンピックモデルなどが入っていたので、60年半ばくらいのモデルです。セイコーってスゴイ!と思いましたね。
コストが安くて性能がいい日本製
鈴木:セイコーは、クルマでいうとトヨタなんでしょうね。ホント壊れにくい。ロレックスも堅牢ですし、メルセデス・ベンツ的な感じですよね。デザインも変えないし、質実剛健で。
野村:でもデッドストックで60年代のものが8割動くなどということは、普通で考えたらないですよ。ホントにスゴイです。感動しました。
鈴木:ロレックスとセイコーはコストが全然違うじゃないですか。コストが安くて性能がいいという、日本の工業製品の代表的な例ですよね。
野村:グランドセイコーは70年で大体3万円台なんですね。特別製品のVFAなどは10万円くらい。大卒初任給よりも少し安いかな、くらいでグランドセイコーは購入できたんです。それに対して、ロレックスの手巻きは安いもので10万円くらい。デイトジャストで20数万円でした。やはり舶来品に対する関税が高かったので。当時は、海外出張に行くような人は、現地で買うとか。または沖縄に行って、免税で買ったりする人もいたようです。
鈴木:うちのお客様に『サブマリーナー』を持っている人がいたんですが、船乗りをしていて、沖縄がまだアメリカ統治下の時に免税店で買った、と言っていました。
野村:その場合、帰ってくる時に保証書とかを持っていると税金がかかったりするので、みんな現地に箱も含めて置いてくるという。だから、国内でロレックスなどを買えるのは、本当にお金を持っている人ですよね。グランドセイコーが4万円台の時に、オメガの『コンステレーション』が10万円、『スピードマスター』も10万弱だったと思います。
鈴木:あえてロレックスをしているというのは、ステイタスというか、お金持ちの象徴みたいだったですね。