継承されるクロノグラフの名機、ブライトリング「ナビタイマー」

継承されるクロノグラフの名機、ブライトリング「ナビタイマー」

「腕に装備する計器」を標榜


 名前だけを聞いて機能やデザインが想起されるブランドがある。いわゆるスペシャリストという存在だ。「腕に装備する計器」を標榜するブライトリングはまさにそれで、その名はクロノグラフ機構とともに高められてきた。


 クロノグラフとは、ラテン語の“時間=CHRONOS”と“記録する=GRAPH”を併せた合成語。わかりやすくいえば、ストップウォッチ機能のことである。ブライトリングは、そのクロノグラフ機構を世界で初めて腕時計に搭載したブランドでもある。1915年のことだ。


 当時のヨーロッパは第一次世界大戦下。ブライトリングは、航空機のパイロットにこのクロノグラフモデルを提供している。当時のパイロットは、飛行時間から燃料の残量を計算していたので、時間経過を正確に知ることができるクロノグラフは、最高のツールでもあった。


 技術的には23年に独立したスタート&ストップ・ボタンを発案。34年には、クロノグラフ針をリセットするボタンを付け、2プッシュボタン式のクロノグラフを開発している。片方のボタンはスタートとストップ機能、もう一方のボタンはリセット機能という形は、現代に至るまでクロノグラフの標準形となっている。つまり、現在人々が親しんでいるクロノグラフ機構の形態の多くは、ブライトリングによって発案されたものなのである。


 その後も、39年にイギリス空軍からの大量発注を受けるなど、航空業界から支持を集め、42年には回転ベゼルで四則演算が可能な、世界初の回転計算尺付きクロノグラフモデル「クロノマット」を発売するなど、クロノグラフとともに航空時計のスペシャリストとして確固たる地位を築いていく。


ファーストモデルは国際オーナーパイロット協会用


 そして、52年にアメリカのAOPA(国際オーナーパイロット協会)から、会員用に新しいクロノグラフモデルの製作依頼を受け、航空用回転計算尺を搭載した「ナビタイマー」を発表したのである。「ナビタイマー」という名は、「ナビゲーション」と「タイマー」を合わせたものだ。




 そこにはアメリカ海軍が考案した、アナログ・フライトコンピュータ「E6B」が搭載されていた。この機能は、ベゼルを回転させて、ベゼル上の目盛りと文字盤の目盛りを対応させることで、かけ算や割り算ができるというもの。さらに地図から飛行距離と時間を算出し、飛行中の高度補正や燃料消費の計算をも可能にしている。それらはデザインにも大きな影響を与えており、「ナビタイマー」の大きな特徴のひとつにもなっている。


 手動の「E6B」は、片手で使いやすく、処理が早く、さらに電力を必要としないため、デジタル・フライトコンピュータが活用されるようになった現代でも、一部のユーザーや環境では、電子機器よりも支持を集めているようだ。


 このファーストモデルには、手動のコラムホイール式クロノグラフの名機と言われる、ヴィーナス社製のCal.178が搭載されている。デザインを見ると、文字盤とインダイヤルが同色のオールブラック。ベゼルはビーズがついた特徴的なものだった。そこには、ブランド名「Breitling」のネームは見当たらず、AOPAのマークのみが置かれている。これだけで、初代の「ナビタイマー」がAOPA会員向けの製品だったことがよくわかる。





 文字盤にBreitlingの文字が入るのは、自由市場で販売される56年頃になる。そして、これ以降AOPAマークだけが入った「ナビタイマー」は発売されていない。


代名詞、パンダ文字盤の登場


 60年代に入ると、いまや「ナビタイマー」の代名詞にもなっているブラックとホワイトのツートーン、いわゆる“パンダ”文字盤が登場し、より高い視認性をもたらした。ベゼルもビーズがついたものから、のこぎり状へと変わり、2機の航空機が重なる“ツインジェット”ロゴが配されるようになる。



 この頃には、ジャズのマイルス・デイヴィズやF1レーサーのジム・クラークなど、著名人が愛用したことで、人気が高まっている。


 こういった60年代までの初期モデルは、ヴィンテージ市場でも人気が高く、コンディションやエディションによって差はあるが、50万円~80万円の価格帯で販売されているという。とくに54年のモデルは、ヴィンテージのロレックス「デイトナ」と同じムーブメント、Cal.バルジュー72を搭載していることもあって、とくに人気があるようだ。



 そんな「ナビタイマー」にも、60年代の終わりに転機がやってきた。69年に起こった、自動巻きクロノグラフの開発競争である。これは時計史に残る重要な出来事のひとつで、ゼニス、セイコー、そして、ブライトリング、ホイヤー、ハミルトン・ビューレンからなる3社連合が、この年に、次々と自動巻きクロノグラフムーブメントを開発させていったのである。


 なかでもブライトリングが参加した3社連合は、ビューレンのキャリバーにクロノグラフモジュールを重ね、もっとも早く発表。世界初の自動巻きクロノグラフムーブメント、Cal.11を完成させている。


 このムーブメント搭載モデルの特徴のひとつが、リューズを通常の3時位置から9時位置に移動したことだ。さらに文字盤のインダイヤルが横3つ目から、2つ目に変更され、それまで41㎜だったケースが48㎜とかなり拡大されている。ただ、多くの変更があったにもかかわらず「ナビタイマー」のデザインや印象は、ほぼ変わっていない。




完全自社ムーブメントCal.01の開発


 その後の「ナビタイマー」も、仕上げや技術を進化させながら、デザイン的にも60年代に近いものを維持しており、変わらぬ人気を保ち続けている。


 近年のトピックスは、なんといっても2009年に5年の歳月を費やした完全自社製ムーブメントCal.01を開発したことだろう。翌10年に「ナビタイマー 01」に搭載した、このコラムホイール式のキャリバーは、巻き上げ効率が高く、約70時間のロングパワーリザーブを確保。時間合わせにおいても、通常は故障を避けるために0時から約3時間前後は日付合わせができないが、このキャリバーはいつでも可能という特筆すべき機能を持っている。


 さらには、スイスで生産される機械式時計のわずか6%しか合格しないといわれる、COSC(スイス公式クロノメーター検定)の承認も受けている。実用性を重視したCal.01は、市場での評価も高く、ブライトリングのステータスをさらに引き上げたのである。


「ナビタイマー」は、ブライトリングが創業当初に掲げた「腕に装備する計器」を実践し、時代に迎合することなく、メカニズムを洗練させてきた名機。誕生から今年で60周年を迎えるが、ポリシーもデザインも変わらない稀有な腕時計である。時代が変わっても「ナビタイマー」は、「ナビタイマー」のままなのである。

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