100%に近い人たちが知っているモデル
ファイヤーキッズの野村店長に、とくに思い入れのある時計がない人に1本勧めるとしたら何を選びますか? と聞いたところ、即座にオメガというこたえが返ってきた。
理由はこうだ。
オメガは100%に近い人たちが知っている。いいモノということを誰もが理解してくれていて、価格が安定している。そして、メンテナンスがしやすい。時計の職人さんで、オメガの修理はやりたくないという人はいないそうだ。
修理やオーバーホールをしながら永く付き合っていく、というのが機械式時計の魅力。そう考えると、最高のパートナーとなることは間違いないだろう。
そんなオメガにあって、一番の人気を誇るのが「スピードマスター」である。
誕生は1957年。50年代は、他ブランドにもスポーティな名機が登場しており、スポーツウォッチというカテゴリーが形成されはじめた時代でもある。オメガでも「スピードマスター」の他に、「シーマスター」「レイルマスター」を加え、3つの“マスターシリーズ”が同じ年に発表されている。
この「スピードマスター」における1stモデルは、初めて外周ベゼルにタキメーターを置いた腕時計。先に発表されていた軟鉄製インナーケース採用の「シーマスター 300」をベースに、モータースポーツ用に製作されたものだ。
特殊な形状の短針を持ち“ブロードアロー”とも呼ばれるこのモデルは、ステンレス製のベゼルがシルバー色ということもあり、特徴的なので認識しやすい。また、OMEGAロゴの「O」が横長の楕円形なのもポイントだ。
ムーブメントは手巻き式のレマニア製Cal.321。コラムホイール式のクロノグラフである。この確かなムーブメントは、月に行くまで搭載されることになる。「スピードマスター」の1stモデルは、現在、市場に出てくることが滅多にないので、出会えたらかなりラッキーという1本だ。
ベゼルがシルバーからブラックに
続く2ndモデルは、その2年後の59年に登場している。デザインに明確な変化が見られ、ベゼルがステンレス製シルバーからアルミニウム製のブラックベースになり、針の形状がアロー針からアルファ針に変更されている。印象的には、現行スピードマスターにかなり近い形となっている。
その2ndモデルは63年まで製造されるのだが、62年には初の有人宇宙飛行であるマーキュリー計画で、宇宙飛行士ウォルター・シラーが着用しており、早くも宇宙を経験している。これはNASAが支給したものではなく、シラー個人所有の腕時計であったという。
63年には針の形状を、アルファ針からホワイトのペイントのバトン針へと変更した3rdモデルが登場。夜光塗料が付き、すっきりとした印象で、さらに視認性を高めている。この針は現行「スピードマスター」にも継承されている。また、使い勝手のいい、大型のプッシャーが搭載されたのもこのモデルからである。
一躍有名にしたアポロ計画
そして、この間に「スピードマスター」を一躍有名にした計画が動き出している。NASAがアポロ計画をスタートさせ、宇宙での過酷な環境にも耐えうる丈夫な腕時計を探しはじめたのだ。求められたモデルは、手巻き式のクロノグラフ。当時は自動巻き式のクロノグラフは存在していなかったのだが、この手巻きこそが重要だった。月は当然、無重力空間なので、重力の助けが必要な自動巻きではローターが回らない。つまり精度が出ないのだ。クロノグラフは、宇宙船の電気系統が壊れることを想定した場合、時間計測に必要な機能ということだったらしい。
それらは最低限の機能で、NASAが求めたのは、宇宙という過酷な空間に耐えうる腕時計だった。NASAは、名だたるメーカーに手巻きクロノグラフモデルを提供してもらい、高温環境下、低温環境下、衝撃、加速度など、11項目に及ぶテストを実施した。それは40Gの負荷をかけたり、-18°Cから93°C以上の急激な温度変化の中に置くなど、大変過酷なものだったという。そして、そのテストに耐え抜き、最後までクロノグラフ機能が稼働していたのが「スピードマスター」だったのだ。しかも、その時計は特注品ではなく、市販品だというのだから驚きである。
そうして65年に、オメガ「スピードマスター」はNASAの宇宙飛行士用標準装備に採用され、翌66年に正式発注されることになる。
ムーンウォッチにPROFESSIONALの文字が
この時期に製作された4thモデルは、ケース自体が新設計となり大型化している。ケースの左右が非対称となり、3時側にはリューズガードが付けられている。そして、文字盤に「PROFESSIONAL」の文字が入るようになった。ただ、正式発注前に製作されたものもあり、「PROFESSIONAL」表記なしのモデルも存在している。
このモデルが、69年に人類が初めて月面に降り立った時に装着されていた腕時計であり、これ以降「スピードマスター プロフェッショナル」は、“ムーンウォッチ”と呼ばれるようになるのである。
60年代後半には5thモデルが登場し、搭載ムーブメントもCal.321からカム式クロノグラフCal.861に変更されるのだが、全6度の月面着陸で使用された「スピードマスター」には、すべてCal.321が搭載されていたという。
このように、誕生から10年余の「スピードマスター」は、現在のスポーツウォッチの原型をつくったと同時に、かなり優秀な腕時計だったことがよくわかる。野村店長が勧めるのも納得、という腕時計である。
ムーブメントが変更になった5thモデル以降については、またの機会に記したいと思う。