【連載コラム 第7回 ロンジン】パリの蚤の市で掘り出したロンジンの隠れた名品 文=名畑政治

【連載コラム 第7回 ロンジン】パリの蚤の市で掘り出したロンジンの隠れた名品 文=名畑政治


経年変化による変色は傷はあるものの、ここまで大きくクローズアップしても破綻が感じられないのはが往年のロンジンである。創業以来、スイス時計を牽引してきたロンジンの底力と魅力を、もっと多くの人に知ってもらいたいと思う

 

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ラ・ショー・ド・フォンの骨董時計屋は

「いいリューズだね」と言った

 このロンジンの金張りモデルを手に入れたのは、たしか1998年のパリ取材の時。余った時間にクリニャンクールの蚤の市を訪ねたところ、時計ばかりを扱っているアンティーク店のショーケースに、この時計を見つけたのだ。
 その時、このロンジンはデッドストックだったらしく、ケースも鏡面仕上げの裏蓋もピカピカ。逆に長針が30分を指した状態で展示されていたらしく、センターから6時のインデックスの間には薄っすらとその影が焼付いていた。
 値段を聞くと、ここまでコンディションが良いにも関わらずお手頃な価格。それが一体、いくらだったのかは、まったく思い出せないのだが、当時の私の懐具合から考えて数万円程度。だから手持ちの現金で購入できたんだと思う。
 この時計を入手後、スイスに向かった私はラ・ショー・ド・フォンでいくつかの時計メーカーの取材を行ったが、その空き時間に国際時計博物館の前にあるルイ・ビューレーのアンティーク時計店を訪ねた。そこで私は旧知の店主に「このロンジンをクリニャンクールの蚤の市で買ってきたよ」と見せたところ、彼はひと目見ただけで「ああ、いいリューズが付いてるね」と言った。なんだか、つまんないヤツだね。
 

ロンジンのロゴとシンボルである「有翼の砂時計」が立体的にレリーフされたリューズ。ラ・ショー・ド・フォンのルイ・ビュレーは、ここだけ褒めたけど、確かにこういった細かな部分の作り込みは、最近の時計にはあまりないように思う

 

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ベーシックだが端正な作り込みに感嘆する

手巻きのセンターセコンド・キャリバー

 

 まぁ、アンティーク時計店としては金張りケースのロンジンなんて掃いて捨てるほど見てきて、それほど価値は高くないと思ったのだろう。実際、お手頃価格だったしね。しかし、このモデル、金銭的な価値は低くても、アンティーク時計として、なかなか見どころの多いモデルだと私は思うのである。
 まず搭載されているムーブメントだが、これは1957年に登場した「Cal.23ZS」というキャリバーで、手巻きで17石のセンターセコンド。サイズは10.5リーニュ(23.3mm)で5振動/秒(1万8000振動/時)のロービート。優美な曲線を描くブリッジはシンプルなヘアライン仕上げだが、エッジは丁寧に面取り加工され、赤い穴石は金色のシャトンを介して固定。巻き上げを司る歯車にはサンレイ仕上げが施されている。
 このキャリバーのベースとなったのは1952年に開発されたスモールセコンドの「Cal.23Z」で、「Cal.23ZS」は四番車から動力を得る歯車を追加してセンターセコンド化した、いわゆる「出車式」のキャリバーである。
 この「Cal.23Z」ファミリーには派生キャリバーが多く、センターセコンドの「Cal.23ZS」以外にも、スモールセコンドに日付を加えた「Cal.23ZD」(DはデイトのDだろう)、センターセコンドにデイトを加えた「Cal.23ZSD」などがあり、1950年代のロンジンに盛んに採用されたようだ。

スモールセコンドの「Cal.23Z」をセンターセコンド化した派生キャリバー「Cal.23ZS」を搭載。このムーブメントは、直径10.5リーニュ(23.3mm)なので、キャリバー番号の「23」は、その直径のmm換算値に由来するのだろう。振動数は5振動/秒(1万8000振動/時)のロービート。パワーリザーブは44時間という極めてベーシックな手巻きムーブメントだ
 

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ダイアルに秘められた

時計作りのひとつの鉄則

 

 もちろん、ムーブメントではなく外装においても1950年代のロンジンらしい端正さと緻密な作り込みが十分に盛り込まれている。
 12時位置に置かれた「LONGINES」のロゴと、1867年以降、現在まで使用され続けるスイス時計界最古のシンボルである「有翼の砂時計」は、どちらも金属を撃ち抜いた立体的なアップライト仕様で、3・6・9・12とその他のバーインデックスも同様。さらに長短針にはセンターの肉抜き部分に夜光塗料が塗布されているが、よーく見るとインデックスの端のほぼ垂直のインナーベゼルに、小さな夜光塗料のドットが貼り付けられている。これは“針に夜光を入れたらインデックスにも入れる”というダイアル製作の基本に忠実であることの証明であり、どちらかに夜光(蓄光)を入れているのに片方に入っていないのは、その基本を守っていないということになる。実際、この基本を守らない(知らない)メーカーも結構、多いのだ。

1950年代の終り頃に製造され、おそらくフランスのどこかの時計店に30年以上も眠っていたであろうロンジンのセンターセコンド・モデル。ケースは金張りなので普及価格よりちょい高いぐらいのモデルだったろうが、ケースにマッチするピンクゴールド仕上げのアップライト・インデックスや鋭い針、フレアード気味のラグなど、外装は非常に端正で、センスの良さと徹底した作り込みが感じられる。購入当時、センターから6時にかけて長針の影が焼き付いていたが、25年を経過した現在、ほとんどわからないぐらいに薄くなっている。日本に戻り、とあるアンティーク時計店で見つけたピンクのリザード製ストラップが良く似合う
 

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 このようなダイアルの丁寧な作り込みからわかるように、1950年代のロンジンは非常に良質な時計を比較的手頃な価格で提供する良心的なメーカーであった。現在では大きな時計グループの一部門となっているため、一部のクロノグラフを除けばアンティーク市場での価格はそれほど高くはない。そう考えると非常にお買い得なブランドであり、四半世紀前のクリニャンクールでこの時計を掘り出した私の判断は、決して間違いではなかったと思っているのだ。

 


名畑政治  1959年、東京生まれ。'80年代半ばからフリーライターとして活動を開始。'90年代に入り、時計、カメラ、ファッションなどのジャンルで男性誌等で取材・執筆。'94年から毎年、スイス時計フェア取材を継続。現在は時計専門ウェブマガジン「Gressive」編集長。 
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